小説いろいろ話

「感想」をあまり欲さない私の考え方と、感想でドタバタする界隈を見る時の気持ち

どーも、やぎさんです。

ここ近年、「感想貰えないから筆を折ります」「普通の感想がなくて罵倒が届いたからもうやめます」みたいな内容をよく目にします。

私の思考回路とはずいぶん違っていますし、あまり共感も出来ないのですが「理解は出来る」という部分はあり、私の考え方を書いておくことにしました。

私が何故感想をあまり欲しがらなくなったのか、Twitterでどういう気持ちでそういったものをRTをしているのか、またそれらを見て来た中での私の考え方のようなものをまとめておきたいと思います。

私自身の考え方

私は、感想をそこまで欲さない人間です。

これは経験からそうなっただけで、元から血も涙もない人間というわけではありませんし、今現在「感想そこまでいらんけどなあ」という方も恐らくは多数が経験からそうなっているはずです。

過去にトラブルがあったから、しんどかったから、「もうそんなにいらない…」という気持ちになった方、もしくは近しい方から(感想と気付いてはいなくとも)貰えているから大多数からの感想はいらない方、様々だと思います。

どうして感想をそこまで必要としなくなったのか

要は、私は「元から感想をそれなりに貰っていた人間である」ということです。

人によると思いますが、「感想そんなにいるかなあ?」という方は、ファンから、友人から、近しい人間から、家族から、プロならば編集さんから、きちんと作品に対する何らかの言葉を貰っている人は多く、才能や努力がきちんと形として実り、恵まれていて、日常的に感想や評価をそれと知らずに受け取っていることがあります。

私は大学で文章創作を中心に勉強をしましたが、高校生の頃から書くものに対してはある程度の評価を貰っていました。

先生方から「どうしたらこの発想の文章が書けるのか」「全校生徒に配るからノートをまとめて提出して欲しい」と言われ、めちゃくちゃ面倒だったけど何かノートとか文房具をくれていたので色々作った記憶があります。

大学の卒論の時に同じゼミの子が「ボロっクソに言われた~!」と半泣きにされていた教授(作家)に「あなたの文章力は凄まじくて何人かのプロ作家の人を彷彿とさせる。信用しているからもう途中経過を見せに来なくて大丈夫」とまで言われていました。私は「見捨てられた??」と思いましたが……

私は、それらの評価ともとれる言葉がどれほどすごいものなのかを一切理解せず、サイトをやっていても作品を上げる度に感想が数件来るので、そんなもんだと思っていました。

そこからだんだん対応が面倒なファンが出て来るようになり、対応に時間をとられ、作品を書く時間が減っていきました。

そして、こちらは面倒だと思っていたわけではないのですが、ものすごい熱量の感想をくれる方が2人ほどいて、それ自体は嬉しくもありましたが「返事をください」という押しがかなり強く、社会人になってからはもう全然時間もなくなっていき、しんどさが大きくなっていきました。

サイトで連載していたかなり人気のシリーズがあったのですが、他にも書きたいものがあって書いていたり、オフ活動で漫画を描いていたら、「もうシリーズ更新されないのですか?」「続きを書いて下さい」というのが他にもたくさん届くようになって、「求められてるから更新しないと……!」ということで頭がいっぱいになり、他の作品も書けなくなりました。

リンクしていたブログに仕事の愚痴を書いたら、「それが仕事だ、甘えるな、そんなん書いてないで作品書け」という内容が届き、もうめちゃくちゃ面倒になって、そのシリーズを全消ししました。

するとパタタっと感想が届かなくなり、人も来なくなり、ものすごくホッとしたのを覚えています。

びっくりするでしょう、感想来なくなって安心したんですよ、私。

そこから、創作活動はほぼ止まりました。もう「創作をしてファン対応をする」というのがしんど過ぎて。

そこから転職活動やら仕事が地獄になったりして、もはや再開も出来やしねえ状態になり、やっと正社員になって時間が出来たと思ったら家族が私のプライベートの邪魔をし、何やかんやで創作活動を再開するのに十年近くかかりました。

その間にも、仕事でお客さんに送るメールやら会社に提出する書類やらで私の文章はずっと褒められまくっていましたし、たぶんお客さんに送るメールは今も昔の職場で使われてると思います。

著作権料くれ……

そして創作活動を再開した時、まあ感想送って貰う分には構わないし普通に嬉しいけど、返事はしないかもしれないし、リクも積極的には受けないし、企画参加もタイミングが合わなければしない、交流もまあ何かコメントくれたら対応するかもやけど自らいくのはだいぶ心が動いた時だけ、という最低のところまで自分の対応を落としました。

仕事しながら創作するのは時間は限られていますし、私は割とパリピなので遊ぶのも忙しいし、もう以前来ていたような1万文字のメールも2行で返す所存です。

「感想」より「反応」が欲しい

私の欲しいものも言ってみれば「感想」の部類に入るのは自覚があるのですが、作品を公開した時に「ちゃんとえろかったか?」「この仕掛けは上手くいったか?」「伏線に誰か気付いたか?」というような、書き手的にちょっと気になることがある場合、「めっちゃえろかったです」とか、「ここの伏線最高でした」とか、何か一行でいいからそういうの欲しいなあ、とは思うのですよ。

あとは、私の話めっちゃ長いので「全部読めたか?」とか。

何か詳しいシーンの感想みたいなのは貰ったら嬉しいんですけど、うん、大体は「そんなん書いたっけ……?」って思いながら自分の本をめくるのが常なので……

すぐに自作の記憶を失います。読み返した時に全部性癖に刺さって来るので最高です。

どうして感想云々のドタバタをRTするのか

作品に感想を貰う方法を考えるどーも、やぎさんです。 昔から「作品に感想が欲しい」という声は創作をする側の声として溢れていますよね。 しかしどれだけ作家側...

こちらの【感想を貰う方法を考える】という記事でも書いたのですが、読み手さんの

「感想の話を本人の届かないところでする(空リプや仲間内での雑談等)」=「ケーキを相手のために作ったはずなのに『届くといいな!!』とか言いながら空中に投げる行為」

に、多少は憤りを感じる部分はあるからです。

私はいわゆる空リプ感想など探しませんし、昔フォローしてた方が空リプしあってTLを埋めていた行為が「こいつら超めんどくせえな」と思ったので、もうはっきり言いますが大嫌いです。

自分自身へのものは知りません。私へ届かないものは「存在しないもの」であり、見えもしません。見えないものを見ようとはしません、天体観測じゃないし。

ですが、「誰かへの感想を空中に放っている」のをふと見つけてしまうと、まず私が「これ読みてえーー!!」と思っても作品どころか作家名も分かりませんし、もう何のことか分からないわけです。

それが一番ムカつく。

作者へも届かないし、他の方への宣伝にすらなっていない、というのは正義面した大義名分で、それ私もめったくそ読みたいんですけど!?せめて検索の仕方ぐらい教えとけ!!という気持ちになります。

あと、「好きな作家さんが筆折った……私がもっと感想を送っていれば……」というのも嫌いです。

まあそれを「後悔」と呼び、決して事が起こる前に考えることではないのですが、いやあ、それ色んな人が注意喚起して前にもワーワーなってたけど、あなたその時は全然響かなかったのよね?じゃああなたのもRTされるだけできっと人が行動起こすとこまではいかないよ?というのもあるし、けどそれでも、誰かが行動を変えてくれるかなあ?より良い世界になるかなあ?という一縷の希望も相反して抱えながらRTするわけです。

そもそも好きな書き手さんがいて、応援をしたいと思っていたり、どうにかモチベーションを保って欲しいと考えていたり、作品を読んで心が動かされたのであれば、なるべく言葉にして本人に届ける「べき」だとは思っています。

しかしそれが出来ない諸事情は多々あるのでしょう、だってみんな送らないんだから。

私だって昔、誰かの筆を折ったような疑惑があるので未だ怖くて感想らしい感想は送れません。短い言葉で何とか気持ちを伝えるのが精一杯。

ただ、それならば「送らない」と覚悟を決めて絶対に誰にも送らなければいいと思っています。

書き手さんが折れてから、二度と作品が見られなくなってから、「感想送っておけば良かった~!」とか「ずっと好きでした」なんて言うのは卑怯でしょう。

そんなこと言われて、いくら表向きは「ありがとうございます」と言っていても書き手さんが思うことはたった一つ、「いや、遅えわ……」ですし、もうちょっと捻くれた私みたいな人なら「今更言って来て、見えるところで盛大に嘆いて、善人ぶりたいのか?」ぐらいの嫌悪感情が出てもおかしくありません。

後悔するなら、さっさと感想ぐらい送っておかんかい。

読み手にも書き手にも、双方問題がある

ここまで、読み手さんのことをズタズタに書いて来た自覚はあるのですが、実際のところ、書き手さんの問題点も多々あると思っています。

今回はたぶん私はそれを書きたいなあと思ってこの記事を作ったのだと思いますので、ここから界隈を見て感じたことを書いていきます。

折れるのは字書きさんが多い

大抵、感想が来ないことやアンチがついて心や筆が折れるのは字書きさんです。

絵描きさんに関してはジャンル移動で済む方が多い印象で、頻度は落ちても絵を描くことはやめない方が多い印象はあります。

私もメインは字書きなので、何となく理由は分かります。

字書きの作品づくり(作業時間)は圧倒的に孤独

構想を練っている時、プロットを作っている時、こういう時は友人とネタを話したりして割と楽しい時間を過ごせます。

しかし実際に書く作業に入ると、字書きは完全に孤独なまま延々と物語を綴ることになります。

プロ作家さんなら編集さんがいたり、話し合える方がいるかもしれません。

しかしアマチュアなら一人、集中すればするほど、物語が長ければ長いほど、文字通り発狂しそうな状態で作業をしていく時間が多くなります。

私は漫画も描いたことがあるので分かりますが、作業通話をしながら作画は出来ますし、友達に泊まりに来て貰ってアシスタントして貰ったり、気晴らしにラクガキを描いたり横道に逸れることが出来ます。

しかし字書きは分業というわけにはいきませんし、書くのも読み返しも完全に一人です。読み返し修正は6~10時間くらいかかります。

1万2万の文字の話ではなく、文庫サイズ、10万文字単位の話です。

これだけの作業をして本を作り上げた時、読み手さんから貰える「感想」だけが自分の孤独から外と繋がって、自分が書いたものが間違ってないことをやっと自分で理解出来る、という部分があります。

そこに好意的な感想は一切来ず、悪意のこもった言葉や罵倒が来たらどうでしょう?

悲しいとか、辛いとかのレベルではないです。

孤独に耐えながら書き連ね、楽しいことも我慢して使った自分の時間を全否定されるわけです。

絵描きさんと字書きさんは評価のされ方も違いますが、字書きさんは原稿合宿やさぎょイプなどという楽しいことはほとんど出来ずにたった一人で原稿をします。

企画などで仲間内で語り合ったものを形にして、仲間内ですぐに感想を貰える字書きさんはこの孤独感を全く意識することはないと思います。

だって感想貰えるのは分かってて、予定調和のご褒美が貰えるんだもの。

だからこそ私は「感想欲しい人、それがモチベになる人は積極的に交流した方がいいよ」とオススメするんです。

字書きさんは感想を素直に受け取れない部分が大きい

気難しい人が多い、繊細な人が多い、という印象もありますが、根本の問題として

「文章へのダメ出しが厳しい」

のです。

もちろん、感想を送ってくれた方に直接言うわけではありません。

送られて来た感想を見た時、変な枕詞がついていたり、的を射ていない感想に対してはあまり喜びを感じないというか、穿った見方をしてしまう方が割といます。

私は、自分と読みオンリーの方とは文章力も語彙力も割と大きめの乖離があることを社会人経験から知っていますから、変な枕詞とか使用方法間違えてない?というあまりよろしくない単語もスルーしています。突っ込むのもめんどい。

字書きというものは悪意に対して文字で強烈な反撃が出来ますし、たぶん頭で考えずに文章が打てるので、そういうものには全然考えずに目を細めて返事をしていまいます、きっと。

その時、「この感想あんまり嬉しくない」という感情がモロに出ます。

字書きさんの対応を見ていて「ウーワー……」って思うことがまあまああります。

私はもう、悪意が感じられても「ハッハッハ、忙しいのにすまんな!こんなに書いてくれて!」ぐらいのテンションで返して忘れますが、気に病む人は気に病みますし、意図が読めなくてぐるぐるする方、時には攻撃的になってしまう方もいます。

何よりそういった出来事がネットで流れて来るから、「読み手さんから『字書きさんは気難しい人が多いもんね』というイメージを持たれている」ということ自体が、字書きさんに対しての感想が少ない要因の一つじゃないかなあと思っています。

逆に交流をすごくやっていて、人柄を理解されている方たちはガンガン感想を貰っているイメージですしね。

感想がないことではなく、そこから続く自重で折れる

なぜ本が売れているのに心も筆も折る書き手が多いのか

書き手というものは技術が高ければ高いほど知識も教養もあり、頭も良い方が多いです。

そのため、自作の面白さを自分自身で色々測る傾向があります。

その一つに「感想」があって、それに重きを置き過ぎている作家さんは多いです。

「感想が来ないこと」に妙な意味づけをしてしまうんですよ。

本はたくさん売れたのに感想が全然来ない、きっと面白くなかったんだ、とか。

ずっと感想をくれてた人が今回はくれない、きっと見捨てられたんだ、とか。

感想が来ない、という事実より、そこから思い悩んでしまって自重で折れる感じです。

ここまで来ると、もう自分がめちゃくちゃ納得のいく素晴らしい感想でも送られて来ない限り「もう書くのやめる!!」ってなってしまいますし、そんな素晴らしい感想は天然でタイミング良くは決して送られて来ないので、私は【感想を貰う方法を考える】という記事で「感想を貰えるサービスを利用しよう」を書きました。

作品に感想を貰う方法を考えるどーも、やぎさんです。 昔から「作品に感想が欲しい」という声は創作をする側の声として溢れていますよね。 しかしどれだけ作家側...

プロもアマチュアも関係なく、己のモチベーションを保つものが「他人からの作品への言葉」であるならば、何でも利用してみれば良いと思うんです。

「感想全然ないから面白くなかったんだ……」って、そりゃそうでは?

買った同人誌を「おっとこれはハズレ」って思ったこと一度もないか!?(今の時代はないかもしれないが、ネットがあんまり発達してない時はあった)

「昔の作品にばっかり感想が来る……新作はつまらないのかな、自分の力量が落ちたのかも………」って、そうかもしれんし、これまでの読者の性癖に刺さらんかった可能性はあるよね。

長年創作を続けていれば自分も変化するし、ファンの新規開拓が必要な段階は必ず来ます。というか昔の作品であっても感想来てるのに、なぜそれを「なかったこと」にするんです?感想貰えたー!うれしいー!って単純に思っておけばいいのに?

感想が来なくても自分はそれが好きで、それが面白いと思って創ったんじゃないの?と私は思うんです。

こんなことを書くと何様だと思われるかもしれないのですが、趣味でやっていることの進退を他人の言葉で決めるなんてあまりに馬鹿らしいと思います。

しかし、なぜか考え込んでしまう人が多いのです。

モルダー、あなた疲れてるのよ(休め)

私は、ギリギリの状態になった書き手さんには「筆を折る」のではなく、一旦お休みして欲しいと思います。

今まで感想を送って来なかった読み手さんをギャフンと言わせて感想を送らせたいのであれば、「やめます」じゃなくて「感想も来なくてモチベゲージが0になったので、回復させるために10年くらい休みますね☆」って言っておけばきっと感想が来ると思います。

そしてそれでも来なかったら「ああ、作品がつまんなかったんだな」ときちんと自分で反省して下さい。

そもそも、つまらない作品に感想は来ません。

これまで来ていたということは、その作品は誰かに刺さって面白いと思って貰えていたということ。

新しい作品に感想が一切来ないのであれば、それは誰にも刺さらずに面白くないと思われたということ。

ただそれだけあり、そこに書き手本人を介在させるのであれば、交流や愛される人物像を構築する営業活動が必要です。

作品に感想が来なかったからといって、罵倒や悪意にまみれた言葉が来たからといって、別に本人が全否定されたわけではないのです。

というか本が売れている時点で、言葉は貰えなくても愛されているでしょうよ。弱小サークルだと本なんか本当に一冊も売れないですしね。

適当に休んで、創作をする自分の動機が、楽しいと思えることがどこにあるのか見つめ直せばいいと思います。

書くこと自体が好きなのか、感想を貰うことが好きなのか、「すごい」と言われてチヤホヤされたいのか、界隈で友人を作りたいのか。

それによって創作活動の重点を置く場所を変えましょう。

まとめ:作者はワガママで良いよ、の理論

私は、書くこと自体と自作を読むことが趣味で、交流は一切目的にしていないので「見えない読み手さん」に向かって良い人間を演じる必要はないと思っています。

例えば、本は行き渡るように部数アンケートをとって多めに用意する、誰もが読みやすくて好感を持てる不愉快にならない作品づくりをする、交流でも当たり障りなく楽しめるように自分の意見を我慢する。

クソ喰らえですわ。

私自身は、感想をくれる方も「一人の人間」であり、自分の時間の中で私の作品を読んで感想をくれているのだと認識しています。だから感謝もしますし、それなりに丁寧な対応もします。

ですが、部数に関しては自分の納得いく数でいいや、と思っていますし、人の妄想を読ませて貰っておいて不愉快になったとか知らんがなと思いますし、交流に関しても私もゲームしたりユニバ行ったりバー行ったりして忙しいので無理ならさくっと断りますし、意見の合わない方に合わせる義理もありません。

趣味の時間を気の合わない他人に合わせて、自分の好きなことが出来ないなんて悲しい。そしてめんどくさい。

私は、自分の解釈と物語で読み手さんの性癖を力強く腹パンして急所を串刺しに出来ればいいな!!と思いながら「誰かに刺ーされ!」って叫んで作品を公開します。

そして大体、自分で読み返して性癖を腹パンされて急所を串刺しにされてます。

これで自己完結するのが創作活動で、そこに付随してくる「ファン」はあくまで他人であり、自分の行動を決めるものではありません。

どうしても感想が欲しいなら、どうしてもそれによって自分が左右され、それがなくなればモチベーションを保てなくなるというのであれば、くれる人にお金払ってでも「ちょうだい」って言えば良いと思うのです。

と、いうわけで読了お疲れ様でした。

私もそのうち、お金貰って感想書くサービスとか始めますね。